現わして、
「熊城君、君の成功を祈るよ。だけど、その時もし犯人の捕縛が出来なかったら、姉妹の誰か一人に云って、僕の事務所にナデコフの置洋燈を持って寄越させてくれ給え。」
 そして、霙の中を帰って行ったが、その一時間程後に、扉の外でふたたび彼の声がした。
「法水だがねえ。すまないが、回転窓の朱線を消して、壁燈をつけてくれ給え。」
 壁燈を点《つ》けに行った刑事の一人が、何気なく窓の外を見ると、中空に浮んだ一枚の紙鳶《たこ》が、暗夜の帆船のようにスウッと近づいて来る。――ああ、法水はなにゆえに、壁燈をつけて朱線を消し、紙鳶を上げたのだろうか?
 ところが、その夜法水は何時になっても、寝ようとせず、眼に耳に神経を集めて、何物かを見、あるいは聴き取らんとするかのごとくであった。果して彼は、夜半一時頃聖アレキセイ寺院の鐘声を聴いた。しかも、始めにゴーンと大鐘が鳴り出して……聖堂の神秘と恐怖がふたたび夜空を横切って行ったのであるがそれを聴くと、なぜか彼はニッと微笑《ほほえ》んで、それから昏々と睡り始めたのである。

     四

 翌日の正午頃、置洋燈をかかえてイリヤがやって来た。
「昨夜は大変
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