の形をしたものが残っていて、そのまま燃え終った証拠じゃないか。そして厭が応でも焼痕が残らなければならないのだ。」
 熊城は真蒼になって唇を慄わせたが、
「すると、そこに犯人の技巧《トリック》があるわけだね。」と検事は法水に口を措《お》かせなかった。
「ウン、そうだよ。で、実際を云うと、ラザレフの死体は直立していて炎の届かない位置にあったのだ[#「ラザレフの死体は直立していて炎の届かない位置にあったのだ」に傍点]。だから、そこに種《トリック》が必要なので、無論それが解ると、中風性麻痺を想像させて、君に自殺説を主張させ熊城君にルキーンの幻を描かせたところの死体の謎が、余すところなく清算されてしまうのだよ。ところで、それは一本の丈夫な紐なんだ。犯人は、それを把手《ノッブ》とその右寄りの板壁の隙間に挾んだ鍵との間に、六、七寸の余裕を残して張ったのだよ。だから、左手の不随なラザレフは床に手燭を置いて右手で把手《ノッブ》を廻してから、左の肩口で扉を押して出ようとしたのだが、あいにく扉は紐の間隔しか開かないから、出ようとした機《はず》みが半身になった肩口をスッポリその中に篏《は》め込んで、頭から右腕
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