たばかりに、あたらの初夜を棒に振ってしまいましたよ。」
「初夜!?[#「!?」は一文字、面区点番号1−8−78]」検事は唆《そそ》られ気味に問い返した。
「さよう、不具者《かたわもの》の花嫁は、ここの堂守ラザレフの姉娘ジナイーダなのです。無論われわれには式なんぞありませんが、いよいよ最初の夜が始まろうと云う矢先でした。かれこれ十一時頃だったでしょうか、皮肉なことに、突然同志から電報が舞い込んできて、二時までに豪徳寺駅付近の脳病院裏へ来い――と云います。しかし、結局私には、寝室の歓楽よりも同志の制裁の方が怖ろしかったのです。それで、厭々《いやいや》出掛けましたよ。」
「同志とは?」検事は職掌柄聴き咎《とが》めた。
「新しい白系の政治結社です。それに、レポとしての私の体《からだ》には、先天的に完全な隠身術が恵まれています。これは公然《おおびら》に申し上げてもよいことでしょう。」ルキーンは傲然《ごうぜん》と志士気取りに反《そ》り返った。「何しろ、お国のある方面から非常な援助を頂いているのですからなア。怖ろしいのはGPU《ゲーペーウー》の間諜網だけですよ。」
「なるほど、トロツキーが驢馬《ろば
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