ると鐘をルキーンが鳴らしたことは云うまでもあるまい。その幻妙不可思議な手法は無論ルキーンだけの秘密だけども、発見を一刻でも早めることが彼奴《きゃつ》にとってこの上もない利益なのだからね。鳴らさねばならない理由はこれで立派に判ってたことになる。だから熊城君、この事件には一人の犯人もないことになってしまうのだよ。」
「すると、死体の謎はどうなるね?」
「それは、或る病理上の可能性を信ずる以外にないと思うね。刃を突き立てた瞬間に、それまで健康だった脳髄[#底本では「脳随」と誤記]の左半葉に溢血して、自由な右半身に中風性麻痺が起ったのだ。半身不随者が絶えず不意の顛倒を神経的に警戒しているのを見ても判るだろうが、異常な精神衝撃や肉体に打撃をうけると、残り半葉によく続発症状が発するものなんだ。その意味で剖検の発表が待たれてならないと云うわけさ。」
「フム」と頷いたが、熊城は意地悪そうに笑って、「しかし、それはむしろ他殺の場合に云うことだろう。それに、君は死体の奇妙な鉾立腰《ほこだてごし》に注意を欠いている。もっとも、その辺を曖昧にしなければ、自殺だなんて荒唐無稽な説が成立する気遣いはないのだがね。
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