」に傍点]だから、事件の複雑さを増す戯曲的な色彩にはなっても、とうてい本質を左右するものじゃない。ねえ法水君、捜査官が猟奇的な興味を起したばかりに、せっかく事件の解決を失った例が決して少なくはないのだぜ。いや、僕も危うくその轍《てつ》を踏《ふ》むところだったよ。」
「なるほど、君近来の傑作だけど、」露骨な嘲弄味を見せて、法水が煙の輪を吐いた。「だが、そうなると殺した者と綱を攀《よ》じ登った者と、こう別個の人物が二人現われるわけになるね。」
 熊城は相手が法水だけに、ほとんど怯懦《きょうだ》に近い警戒の色を泛《うか》べたが、検事は腿《もも》を叩いて、
「ウン、それに違いない。」と法水に同意してから、自説を云い出した。
「ねえ熊城君、死体は他殺死体には類例のない妙な格好で、跼《しゃが》んだまま死んでるんだぜ。そればかりでなく、死体を繞《めぐ》って謎だらけなんだ。第一格闘の形跡がないし、苦悶に引ん歪《ゆが》んだ顔や指先をしていても、のた打ち廻ったり逃れようとして床を掻《か》き※[#「※」は「てへん+毟」、第4水準2−78−12、147−下段11]《むし》った跡もなければ、傷口を押えた形跡も見
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