ねばならなかったか?――判らないけれども、」と云いかけて、法水は俄然厳粛な表情になった。「とにかく、ただ一人虚偽の陳述をしたと云う点だけでも、あの女が一番犯人に近いと云えるね。」
 熊城はびっくりして叫んだ。
「冗談じゃない。君は鍵のことを忘れてしまったのか。」
「それがさ。ここの扉口《とぐち》は回転窓もないし、下に隙もない。けれども、糸で鍵を操る術はヴァンダインの『ケンネル殺人事件』だけでつきちゃいないよ。君、お化け結びと云う結び方を知ってるだろう――一方の糸は喰い込む一方だが、片方のを引くと、スルリと解けてしまうのを。マア、実験すれば判ることだ。」
 法水は鍵の輪形をお化け結び[#「お化け結び」に傍点]で結んで、ラザレフの室の扉の前に立った。
「憶えておき給え。最初に鍵を差し込んで、もう一捻《ひとひね》りで棧が飛び出すと云う瀬戸際まで捻っておくんだ。そして、片方の糸を――解けない方だよ――把手《ノッブ》の角軸に結びつけないで二回り程|絡《から》めておいて、間をピインと張らせておく。それから、片方引くと解ける方のを鍵穴から潜《くぐ》らせて、それには幾分|弛《たる》みを持たせておくんだ
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