した。」
イリヤがペラペラしゃべってしまうのに、法水は少からず驚いたが、何となく先手をうたれる気がして、この女は単純なようで案外|莫迦《ばか》じゃないぞ――と思った。イリヤは続けて、
「姉と父の争いが一番激しかったのは、夕方五時頃のことでした。霙《みぞれ》が横殴りに吹き込んで来るのに、姉は振綱の下で満身に雪を浴びながら、いつまでも黙って父の顔を睨み付けているのです。それは物凄い形相でしたわ。」
「するとこれが、踏み躙《にじ》った婚礼の象徴《シンボル》なんですね。」法水はポケットから泥塗れに潰《つぶ》れた白薔薇《しろばら》を取り出して、「たぶん姉さんのでしょうが、この髪飾りが、振綱の下から五寸程のところに引っかかっていたのです。しかし、そう判れば、もうこれには用はありません。」と床に抛《ほう》り出してから、「だが妙ですな。嫌いでなければ結婚してもいいでしょうがね。」
「それは、真実《ほんとう》のことを云いますと、」イリヤはポウと頬を染めて、「私がルキーンを好いているのを知っているからでしょう。旧露字体《ヤッチ》のシラノは僧院の中から出て来るのですわ。」
「なるほど、面白い観察ですね。で
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