を増すとともに、その下端が感光膜の巻軸を押して、徐々に伸ばして行くのです――それが、姉さんの思いついたすばらしい趣向《アイデア》なんですよ。そうしてついに伸び切った時、アルミニウム粉の線の末端が、動力線の被覆を傷つけた個所に触れるのですから、否が応でも瞬間電流が塔上の大鐘にまで伝わらなくてはなりません。で、その結果は云うまでもなく明白です。無論氷柱は瞬時に消失して感光膜が発火しますが、やがて銀色の軽金属粉を包んだ白い灰が、水滴の重さに耐えず地上に崩れ落ちるのです。しかし比重が軽く積雪に対して擬色のある金属粉は、次第に散逸して行って、捜査官の視力の限度を越えてしまうと同時に、それで機構《メカニズム》のいっさいが消滅してしまうのですよ。ですから、伝った瞬間電流が振錘の氷結を解けば、当然振錘が反対側にぶつかるとともに傾斜が戻るのですから、その結果振綱を引く以外には動かすことの出来ない鐘の振動が起って、ああ云う奇蹟が現われたわけですよ。無論昨夜の鐘は、折よく天候に恵まれたので、僕がそのままを再演したに過ぎません。しかし何より貴重な暗示だったのが、あの髪飾りの薔薇《ばら》でした。踏み躙《にじ》られていたものが、振綱の下から五寸程のところに刺さっていたのですからね。」
「マア、」イリヤは思わず驚嘆の声を発したが、「でも短剣は? なぜあんな途方もない場所に捨ててあったのでしょう。」
 法水は最後の推論に入った。
「それは、あの置洋燈《スタンド》が投げたのですよ。姉さんはラザレフの絶命を見定めると、咽喉から短剣を抜き取ってそれを階下の洗面所で洗ってから、ふたたび鐘楼に戻って来ました。今度は長い麻糸の先に錘をつけて、それを二つの大鐘の中間を目掛け横木を越えるように投げ上げたのです。そして、一方の端を、短剣の束に凝固しかけた糊のような血潮で粘着させてかき、片方は振綱に挾んである足踏み用の瓦斯《ガス》管から、扉の鍵穴を通して、その端を置洋燈《スタンド》の内側の、筒を廻転させる芯に結びつけたのです。もちろんこの装置は、外側から鍵を下す操作の終らないうちに仕掛けられたのですから、鍵の押金が上向いている鍵穴には、二本の糸が通っていたわけです。そうして、姉さんはまず糸で鍵を操って扉を閉めてから、氷柱の具合を見定めて置洋燈に点火し、鎧扉《よろいど》式の縦窓《たてまど》を開きました。ですから、内部の円筒が気流によって廻転を始めるにつれ、やがて紐は手繰《たぐ》られてピインと張り、片方の端にある短剣を吊り上げたのです。ところで、氷柱が動力線に達するまでの時間と円筒の廻転数との間に、非常に精密な計算が必要だったと云うのは、短剣が大鐘の裾に達する寸前に氷柱が電流を導かねばならなかったからです。なぜなら、触電によって鐘に起る磁性を期待する以外に、短剣の投擲を実現する方法がないからでした。つまり、鐘に起った磁力が短剣の頭を吸いつけたのですが、一方釣り上げられるので横様になったところを、もう一つの鐘が銅製の鍔《つば》を弾き飛ばしたのです。その時、束に糸を粘着させていた凝血が剥《は》がれて、それが鐘楼の採光窓の付近に落ちたのですよ。また扉の前方にあったのも、糸が通過した径路を証明する以外のものではありませんでした。そうして、糸は鍵穴を通過し終って置洋燈の円筒の中に巻き納められ、と同時に、それまで糸に支えられていた鍵の押金が垂直に下りて、それで犯行の全部が完全に終りました。」
 証明が終ると法水の顔から照りが引いて、
「どうです!?[#「!?」は一文字、面区点番号1−8−78] 今度は鐘声を中心に、脱出して行くルキーンの姿が描かれているでしょう。もちろんそれは、姉さんの仕組んだ二つの不在証明《アリバイ》の一つなのです。外側から鍵を下す技巧は相当幼稚なものですが、鐘声はその神秘感ばかりではありません。幸い解けたものの、さてあれ程の計画を創作出来るかと聴かれたら、残念ながら否《ノウ》と答えるよりほかにないでしょう。とにかく姉さんは、これまで僕に挑戦した犯罪中最大の強敵でしたよ。」
「そうすると、姉は死刑でしょうか。」イリヤはとうとう触れてしまったが、法水は告白書の終りの数行を折って示した。すると、いきなり彼女は机の端をギュと掴んで血相を変えた。
「毒!![#「!!」は一文字、面区点番号1−8−75] では、貴方《あなた》は姉に自殺を……」
「冗談じゃない。怒るのは僕の話を聴いてからにして下さい。」法水はそう云って立ち上り、彼女の肩に優しく手を置いた。「昨日の夕方、僕が帰りがけに貴女方の室へ寄りましたね。その時、そっと姉さんのポケットへ忍ばせておいたのです。無論すぐ気がついたでしょうが、夜半に鐘が鳴ったりして服毒する機会がなく、今日になって貴女の外出を待つよりほかになかったのです。と
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