い科学的な脳髄が現われています。それを知って、私はまったく唖然としてしまいました。その二つを個々別々に離して見たら、誰が同一人の仕業だと思うでしょう!?[#「!?」は一文字、面区点番号1−8−78] ところで、犯行はルキーン宛の偽電報で始まるのですが、あれは、午前中|秘《ひそ》かに男装した姉さんが、近所の子供に金をくれて夜の九時頃局へ持って行かせたのですよ。」とまず、殺害方法と鍵の件を述べてから、
「とにかく、その一本の紐は、事件を難解にしたばかりでなく女性の非力な点を巧みに覆《カヴァ》し、すべてにおいてルキーンの犯罪だと見せかけようとしたのです。ですから、老練な熊城でさえまんまと引っかかってしまったのですよ。しかし、真の驚嘆《おどろき》はこれから云う不思議な鐘声の技巧にあるのですが、その前にちょっと断っておきたいのは、例の鐘楼に起った跫音なのです――実にあれが、鐘を鳴らせた人物を確認させようとする嘘言《いつわり》だったので、それを僕の余計な神経が、つい複雑にしてしまったのです。つまり、姉さんの他一人の登場人物もないのですよ。」
それから、法水は告白書に眼を移して、
「では、読まなかった先を続けますから、聞いて下さい。――私が自然の事物の中から導体になるものを選んだのは、ふとした発見からです。床の採光窓《あかりとり》から覗いて、それが外壁の回転窓にある朱線にまで達した時、後何分経てば下の動力線に触れるか? 数回に渉って実験した結果、その時間に正確な測定をとげることが出来ました。そして、その導体は瞬時に消滅してしまうばかりでなく、その出発点である鉄管には、頂上の十字架に続いているイリヤの架空《アンテナ》線が絡《から》まっているのです。さらに十字架の根元は、鐘を吊す鉄の横木を支えているのですから。さて、私は頃合を見計い置洋燈に点火して、いよいよ聖アレキセイの恐怖が起るのを待ちました。ですから、階段の中途にある壁燈をともしたのは、光がちょうどあの辺まで届くので、導体の具合を見るためだったのです。しかも、硝子に映る壁は黒いので、視野を妨げません。」と一節の区切りまで朗読が終ると、いきなり告白書を卓上に伏せて顔を上げた。
「これから先は、僕の想像に従って申し上げましょう。ところで、その導体と云うのが、何だと思います?。実に、大鐘の振錘《ふりこ》を挾んで、導体と置洋燈上の間を連らねた線が、姉さんの脳髄から跳ね出した火花なのでした。判りませんか……鉄管の先端から始まって、霙《みぞれ》の溶水で下へ伸びて行く氷柱《つらら》がそれなんですよ。しかし、それ以前に一つの仕掛を用意しておく必要がありました。と云うのが一巻の感光膜《フィルム》でして、それを鉄管から動力線までの垂直線より少し長めに切って、その全長に渉って直線に一本引いた膠剤の上に、アルミニウム粉を固着させておいたのです。さてそれから、その側を内にして巻いた端に輪形を作ったのですが、その一巻の感光膜《フィルム》を短剣の発見場所だった紙鳶に結びつけて、飛ばせました。そして、感光膜の輪を鉄管の先端にうまく篏《は》め込むと同時に、鈎切《がんぎり》につけたもう一本の糸を操《あやつ》って感光膜《フィルム》を結びつけた糸を切り、更に、その鈎切で、垂直下に当る動力線の一点に傷をつけたのです。で、この仕掛で、頭上の大鐘に何を目論《もくろ》んだと思います?」
「サア。」イリヤは姉の犯罪のこともどこへやら、好奇心で眼をクリクリさせた。
「その目的は、大鐘を傾斜させていたものを取り除くにあったのです。で、それを云う前にぜひ触れておかねばならないのは、一昨日の天候です。なぜかと云うと、横殴りの風を伴った霙《みぞれ》の真最中五時頃に、姉さんは犯行の最初の階段を踏んだからです。あの時振綱の真下で父娘が猛烈な争論をしたと云いましたが、姉さんの真実の心は他にあったのです。足でだんだんと綱の端を踏みながら、片手に渾身の力と体重をかけて徐々に綱を引き、鐘を傾けました。無論小鐘は水平になったでしょうが、大鐘はやや傾いて振錘《ふりこ》が内壁に接触します。ところが、あの吹き降りです。間断なく吹き込んでくる霙は、やがて振錘と内壁とをペッタリ氷結させてしまうではありませんか。しかし、上方に隠れている小鐘には無論影響ありませんが、大鐘は後で綱を戻しても、重たい振錘《ふりこ》が一方の壁に密着しているので、当然重心の偏しただけ傾かねばなりません。」
「そうしますと、鳴らしたのは。」
「電流が振錘の氷結を溶したからです。で、その径路を説明すると……、鉄管の端に集った水滴が感光膜《フィルム》の上に伝わり落ちますが、ツルツルしたセルロイド面からは滑り落ちて、凹凸のあるアルミニウム粉の上にだけ溜ります。そして、そこに出来上った氷柱が、線状なりに長さ
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