、一寸法師でも綺麗なワシレンコでも、同じものにしか見えないでしょうよ。」
「すると、ワシレンコは姉さんの愛人ではないのですね。」
「それどころですか、」イリヤはちょっと蓮葉《はすっぱ》な云い方をして、「姉さんはルキーンが一番好きだと云っているくらいですわ。ですから、昨夜ルキーンとの結婚を拒んだのも、私には父に対する面当《つらあて》としか思われません。実は昨夜こうなんです。――父が姉の花婿にルキーンを選んだのは、そもそも一寸法師の貯金が目当だったからです。そして、内々でかなり貰っていたらしいのですが、姉にそれを打ち明けたのがつい一昨日《おととい》の話で、それから二日の間|執拗《しつこ》く付き纏《まと》って、結婚の実行を迫るのでした。けれども、姉は何と云われても一言も口をきかず、頑強に拒み続けて、父と争いながら夜になりました。すると、娘の飜心を絶望と見た父は、にわかに態度を変えて今度はルキーンに法外な金を要求するのです。無論二人の間に激論が沸騰して、一時はどうなるかと危ぶまれましたけども、折よくその場にルキーン宛の電報が舞い込んで来たので、それが、一時だけですが、危機を防ぎ止めてくれたのでした。」
 イリヤがペラペラしゃべってしまうのに、法水は少からず驚いたが、何となく先手をうたれる気がして、この女は単純なようで案外|莫迦《ばか》じゃないぞ――と思った。イリヤは続けて、
「姉と父の争いが一番激しかったのは、夕方五時頃のことでした。霙《みぞれ》が横殴りに吹き込んで来るのに、姉は振綱の下で満身に雪を浴びながら、いつまでも黙って父の顔を睨み付けているのです。それは物凄い形相でしたわ。」
「するとこれが、踏み躙《にじ》った婚礼の象徴《シンボル》なんですね。」法水はポケットから泥塗れに潰《つぶ》れた白薔薇《しろばら》を取り出して、「たぶん姉さんのでしょうが、この髪飾りが、振綱の下から五寸程のところに引っかかっていたのです。しかし、そう判れば、もうこれには用はありません。」と床に抛《ほう》り出してから、「だが妙ですな。嫌いでなければ結婚してもいいでしょうがね。」
「それは、真実《ほんとう》のことを云いますと、」イリヤはポウと頬を染めて、「私がルキーンを好いているのを知っているからでしょう。旧露字体《ヤッチ》のシラノは僧院の中から出て来るのですわ。」
「なるほど、面白い観察ですね。で
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