は、今度は階段の方を説明して下さい。」
それから。調査が階段の外壁にある回転窓に移ると、熊城は、窓硝子の中央に太い朱線が横に一本引かれてあるのを見て、
「なるほど、この壁燈が点け放しになっていたのをルキーンは不審がったと云うけれども、その理由はたしかこの朱線にある。しかし、これがどうして外から見えねばならなかったのか?」
法水は窓枠の埃《ほこり》をスイと撫でて、
「半分しか開かない!、 金具が錆びついているところを見ると、永らく開かれなかったと見えるな。それからイリヤさん、窓の下に引き込んである動力線らしいのは?」
その太い二本の電線は、正門の側にある電柱まで一直線に伸びていて、その上には氷結した雪が載っていない。イリヤはその周囲全部に渉って説明を始めた。
「ええ、パイプ風琴《オルガン》があった頃の動力線なんです。それから、窓の上に三尺ばかりの鉄管が、電線と並行に突き出ていますでしょう。以前は式日になると、あれにロマノフ旗を結びつけたそうです。また、鉄管に絡んでいる裸線は、私のラジオのアンテナですわ。いつだったか、陸軍飛行機の報告筒が鐘楼の屋根に落ちたことがありまして、その時塔に上った兵隊さんに頼んで、先を十字架に引っ掛けて貰ったのです。サア、これだけ判ったら、私を放免して、姉さんの看病をさせてちょうだい。」
鐘楼に戻ると、堂内担当の係員から報告がもたらされたが、それは――。両人の身体検査をしても芥子粒程の血痕さえ付着していないこと。振綱にも期待された着衣の繊維が発見されなかったこと。それから、礼拝堂の聖壇の下に間道が発見されたが、それには使った形跡がないばかりでなく、途中がまったく崩壊していて通行が絶対に不可能な事。そして最後に、指紋の無効果と、円蓋《ドーム》には烈風と傾斜とで霙《みぞれ》の堆積がないこと――などで、すべてが空しかった。
「鐘は曲芸的《アクロバチック》な鳴り方をするし、とうとう犯人の脱出した径路が判らなくなってしまった。それに、短剣を下から投げ上げたにしたところで、五尺とない塔の狭間《はざま》のどこかに打衝《ぶつ》かってしまうぜ。」検事は落胆《がっかり》した態で呟いたが、法水にぜひ訊かねばならないものがあった。
「さっき君はなぜ、ジナイーダが聴いた跫音にラザレフを想像したのだね。」
法水の瞳がチカッと光ったが、彼は冴えない声を出した。
「
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