、何時かな容易に洩れようとはしない。
「要するにこれは、犯罪を転嫁しようという行為なのですが、飛去来器といい花火といい、十分理学的に計算出来る性質のものですから、この犯行には相当の確実性があります。使った有毒気体は、屍体に青酸死の徴候がない所を見ると、多分砒化水素だったのでしょう」
「だが、瓦斯は散逸してしまうぜ」
 真積博士は、もう一度反駁した。
「所が一瞬に床へ下降させたものがあったのだ。それに、あの猛烈な濃霧《ガス》さえなければね」
 と法水は皮肉にいい返してから、
「所で、霧の中へ、温度の違う気流が流れると、霧が二つに分れる現象を御存知でしょうか。つまり、ヘルムホルツなどという、偉い学者の名を使わなくても、水蒸気の壁と温度の相違が、散逸を防ぐからなのです、ですから、昨夜の濃霧は、犯人にとると此の上もない好機だったのですが膜嚢が破れて飛び出した砒化水素は、炸裂に際して起る旋廻気流が上方にあったため、それに押されて、長い紐状となって下降して行きました。そして、その一端が、博士の鼻孔に触れたのです」
「すると、犯人は?」
「無論、河竹医学士です」
「では、その河竹を殺した者は?」

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