は、すでに遅かった。後檣《こうしょう》の三角帆から燃え上がった炎が、新しい風を巻き起こして、いまや岬の鼻を過ぎ、軍船は入江深くに進み行こうとしている。
 そして、最後に二十六番目の死体が――それも麻布にくるまれ、重錘《おもり》と経緯度板をつけたままの姿であるが――ドンブリと投げ込まれたとき、火気を呼んだ火縄函《みちびばこ》が、まるで花火のような炸裂《さくれつ》をした。かくして、その軍船は、全く戦闘力を失ってしまったのであるが、その時小舟の一つから、うめきとも驚きとも、なんとも名付けようのない叫び声があがった。
 というのは、一筋銀色の泡を引いて、水底から、不思議な魚族が浮かび上がってきたからである。
 はじめ、水面のはるか底に、ちらりと緑色のものが見えたかと思うと、その影は、すぐに身を返して、尾をパチパチとさせ、またも返して、激しいうねりを立てる。と、銀色をした腹の光が、パッとひらめいて、それが八方へ突き広がっていくのだった。
 そのうねりの影は、真っ白な空を映して無数に重なり合う、刃のように見えた。
 しかし、そうして一端は、遠い大きな、魚のように思えたけれど、ほどなく、渚近くに浮き
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