のとしたいくらいでございますのよ」
 と悩まし気な、視線を彼に投げ、ほんのりと、紅味に染んだ見交わしの中で、その眼は、碧《あお》い炎となって燃え上がった。そして、片肌を脱がせ、紗《しゃ》の襦袢《じゅばん》口から差し入れた掌《て》を、やんわりと肩の上に置いたとき、その瞬間フローラは、ハッとなって眼をつむった。
 彼女は、臆病《おくびょう》な獣物《けだもの》が、何ものかを避けるように飛びのいて、ふたたび、その忌まわしい場所に視線を向けようとはしなかったのである。
 というのは彼女が手を引くと同時に、窓越しに差し出された、一つの、煙のような掌を見たからであった。
 それは、おそらく現実の醜さとして、極端であろうと思われる――いわばちょうど、孫の手といったような、先がべたりと欠け落ちたステツレルのそれであったからだ。
 その夜、徹宵《よっぴて》フローラは、壁に頭をもたせ、うずくまるようにして座っていた。
 父ステツレルの怪異が――、あの妖怪《ようかい》的な夢幻的な出現が、時を同じゅうして、いつも、痴《し》れ果てたときの些中《さなか》に起こるのは、なぜであろうか。と、いくら考えつめていっても、同
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