であろうか。岩をくり抜いて作った、幾つかの部屋部屋には、壁に、斜め市松の切り子ガラスなど、はめられているけれども、総じて無装飾な、真っ黒にくすぶり切った、椅子《いす》や曲木《まげき》の寝床などが散在しているにすぎなかった。
 壁の一枚岩にも、ところどころ自然がもてあそんだ浮き彫りのようなものが見られるけれど、それらもみな、蒼然《そうぜん》たる古色を帯び煤《すす》けかえっているのだ。
 しかし、そこで女は、彼女に劣らぬほど、美しい一人の女性を発見した。
 その婦人は、横蔵・慈悲太郎には、姉に当たる紅琴女だった。
 年のころは、三十を幾つか越えていて、鼻のとがった、皮膚の色の透き通った――それでいて、唇には濃過ぎるほどに濃い紅がたたえられているといった――どこか調和のとれない、病的な影のある女だった。そして、すらりとした華奢《きゃしゃ》な体を、揺り椅子《いす》に横たえて、足へは踵《かかと》の高い木沓《きぐつ》をうがち、首から下を、深々とした黒|貂《てん》の外套《がいとう》が覆うていた。
 女は、紅琴の慈悲深い言葉で問われるままに、最初自分の名を、フローラ・ステツレルと答えた。
「一とおりお
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