な爆笑を立てた。
「これは奥方様、お戯れにも、ほどがあるというもの。なるほど、靴を脱いでしまえば、片足には音がないのですから、さような御推測も、無理とは思いませぬが、しかし、黄金郷《エルドラドー》の探検を、共にと誓った御両所を、なんで害《あや》めましょうぞ。神も御照覧あれ、手厚いおもてなしに感謝すればとて、敵対の意志など、毫《ごう》も私にはござりませぬのじゃ」
 と、はだけたシャツの下から、取り出した十字架《クルス》に接吻《せっぷん》するのだった。
 しかし、紅琴は、凝視を休めず言い続けた。
「ええ、そのような世迷いごとに、聴く耳は持たぬわ。この島の法《のり》は、とりも直さず妾自身なのじゃ。とくと真実《まこと》を打ち明けて、来世を願うのが、為《ため》であろうぞ」
 すると、グレプニツキーは、相手の顔をじっとみつめていたが、見る見る絶望の表情ものすごく、胸をかきむしって、咆《ほ》え哮《た》けるような声を出した。
「馬鹿な、短慮にはやって、せっかく手に入ろうとする、黄金郷《エルドラドー》を失おうとする大痴者《おおたわけもの》めが。したが奥方、とくと胸に手を置いて、もう一度勘考したほうが、お為でありましょうぞ」
「ホホホホホ、なんと黄金郷とお言いやるのか……」
 女丈夫は、蒼白い頬をキュッと引きしめて、嗤《わら》い返した。
「その所在なら、そもじは、不要じゃと言いたいがのう。妾はそうと知ればこそ、このラショワ島に砦《とりで》を築いたのじゃ」
 と、何やら合図めいた眼配せをしたかと思うと、もがいて投げつけられたグレプニツキーの上で、幾つとない銀色の光が入り交じった。
 彼は、しばらく手足をばたばたとさせ、狂わしげにもだえていたが、やがて瞼《まぶた》が重たく垂れ呻《うめ》きの声が途絶えると、そのまま硬く動かなくなってしまった。
 紅琴は、しばらく眼を伏せて、グレプニツキーの死体を、気抜けしたように見つめていた。白っぽい、どんよりとした光の中で、海鳥が狂おしげに鳴き叫んでいたが、やがて、血が塩水にまじって沖に引き去られてしまうと、浜辺はふたたび旧の静寂にもどった。
 そこへ、フローラは不審気な顔で、紅琴の耳に口を寄せた。
「でも、ほんとうでしょうか、奥方様。ほんとうに、黄金郷《エルドラドー》の所在を御存じなのでございますか」
「知らないで、なんとしようぞ。フローラ、そもじに、その所在を明らかにするについては、陸では聴く耳があるかもしれませぬ。私たち二人は、沖に出て話すことにしましょう」
 と先刻は、鉄を断つ勢いを示したにもかかわらず、その紅琴が、なぜかもの淋《さび》しく微笑《ほほえ》んで、一|艘《そう》の小船を仕立てさせた。
 次第に、フローラの体には、塩気が粘りはじめて、岩城《いわしろ》の頂きが、遠く亡霊のようにぼんやりと見えた。うねりは緩《ゆる》く大きく、船はすでに、二カイリの沖合に出ていた。
 するとその時、意外にも、紅琴の瞼《まぶた》がぬれているのを見て、フローラは驚いた。
「おや、奥方さま、なぜにお泣きでございますの。御兄弟お二人を失ったとはいえ、ラショワ島の御主、黄金郷の女王となったあなたさまに、涙は不吉でございますのよ」
「いえいえフローラ、私たちは、いまこそ島に別れを告げねばならぬのです。おお、あの岩城、横蔵、慈悲太郎――これからは、二人の塚《つか》を訪れる者とてないであろう。したが、そもじは気づかぬであろうけれど、あの二人がこの世を去ったとすれば、当然火器を作って、土民たちを従えるに足る者が、島にはいのうなったはずじゃ。その理由《ことわり》がようわかれば、なぜ私が、無辜《むこ》のグレプニツキーを殺《あや》めたか、合点がいったであろうのう。私たちが島を去ったのち、見す見すあの者に、支配されるのを口惜しゅう思ったからじゃ。もう私は、ラショワ島の主でも、黄金郷の女王でもない。そもじと同じ、ただの女にすぎませぬのじゃ」
 と紅琴は、伸び上がり伸び上がり、次第に点と消えゆく、島影に名残りを惜しんでいたが、その時、島の頂きに当たって、音のない爆音を聞いた心持ちがした。
 突如、地平のはるか下から、白夜を押し上げるようにして、燦然《さんぜん》たる金色の暈《かさ》が現われたからである。
 それを見ると、フローラは紅琴の裾《すそ》に泣き伏して、よよとばかりに歔欷《すす》り上げた。
「あ、あまりな御短慮ですわ。見す見すあの黄金郷を捨てて、奥方様はどこへおいでになるおつもりでございます?」
「いえいえ、私たちは、黄金郷へ行くのですよ」
 紅琴は、意外にも落ち着いた声で、そう言った。
「実を言うと、グレプニツキーをはじめ、島の頂きにある鉱脈に惑わされたのじゃ。あれは、黄銅といって、色は黄金に似ているとはいえ、価格に至っては振り向くものもない、そ
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