に映ったのが、銅々《あかあか》と光った、横蔵の半面と思いのほか、意外にも、奇怪を極めた絵となって飛びついてきたからだ。すでに、海底の藻屑《もくず》と消えたはずの父ステツレルの顔が、つぶれた左眼を暗くくぼませて、寒々とこちらを見返しているのだ。
その黄色い皮膚、薄汚い襞々《だんだら》は、まるで因果絵についた、折れ目のように薄気味悪く、フローラは全身の分泌物を絞り抜かれたような思いだった。それからフローラは、邪険に横蔵を追いやって、その折回廊を、慈悲太郎が通り過ごしたのも意識するではなく、ただただ父の名を呼び、いつまでも、しびれたように座っていた。
その一瞬の間に、彼女の眼は別人のように落ちくぼんでしまった。
鉄の輪が、いつもこめかみを締めつけているように感じ、舌は、熱病のような味覚を持っていた。しかし、そうしているうちに、ふと横蔵の迫り方を思うと、いつかチウメンで出会った、あの恐怖がしくしくと舞いもどってきた。
父の影を持つ男――それに、いつか身を任さねばならないとすれば、神かけても彼女は不倫から逃れねばならない。そう思うと、フローラはすっくと立ち上がって、一つの恐ろしい決意を胸に固めたのである――あのいとわしい幻影を殺すために、まったく不思議な心理、信ぜられない潔癖のために、彼女は、横蔵に生存を拒まねばならないのだ。
「のうフローラ、姉の才量で、今日から城内に、グレプニツキーを入れることにした。そして、黄金郷の在所《ありか》を、じわじわ吐かせることに決めたのじゃ」
と言った横蔵の唇が、いつになく物懶《ものう》げであったように、それから数日後になると、果たしてステツレルの出現と合わしたかのごとく、城内には、悪疫《えやみ》の芽が萌《も》えはじめてきた。
それは壁という壁から立ち上がる、妖気《ようき》でもあるかのように、最初横蔵に発して、さしも頑強《がんきょう》な彼も、日に日に衰えていった。錐《きり》のような髯《ひげ》が、両|頬《ほお》を包んで、灰色がかった皮膚から、一日増しに弾力が失われていくのだ。
したがって、フローラの決意も、やがて下ろうとする自然の触手を思うと、いつか鈍りがちになるのも無理ではなかった。
ところが、それから一月後のある朝、思いがけなく横蔵が、胸に短剣を突き立てられ、うねくる血に彩られた、無残な姿を発見された。
その日は、垂れこめた雲が、深く暗く、戸外は海霧《ガス》と波の無限の荒野であった。その夜慈悲太郎はフローラと紅琴を前にして、彼が耳にした、不思議な物音のことを語りはじめた。
「ちょうど、寅《とら》の刻の太鼓を聴いたとき、風にがたつく物の響き、兄の吐くうめきの声に入り交じって、それは、薄気味悪い物音を聴いたのじゃ。のう姉上、儂《わし》の室の扉《とびら》の前を離れて、コトリコトリと兄のいる、隣室に向かう足音があったのだ」
「いやいや、何かそちは、空想《そらごと》におびやかされているのであろうのう。気配とやらいうものは、もともと衣としか見えぬ、ちぎれ雲のようなものじゃ」
「ところが、それには歴然《れっき》とした、明証《あかし》がありおった……。通例《なみ》の歩き方で、二歩というところが一歩というぐあいで、その間隔《あいだ》が非常に遠いのじゃ、それで、なにか考えながら歩いておったと儂《わし》は推測したのだが……」
「おお、それでは……」
とフローラは、いきなり紅琴の腕をつかんで、けたたましく叫んだ。
「それでは、父の亡霊が歩んでいたとおっしゃるのですか。中風を患った父は、不自由なほうの足を内側から水平に回して、弧線を描きながら運ぶので、自然そんなぐあいに聞こえるのでございますよ。ああ、あの父が、チウメンで殺された、アレウート号といっしょに、沈んだはずだった父が……」
フローラは、心痛と恐怖のあまり、歯はがちがちと打ち合い、乾いた唇から、嗄《しゃが》れたうめき声を立て続けるのだった。
しかし、不倫の悪霊ステツレルは、どうしたことかそれなり姿を現わさなかったし、また横蔵の、下手人とおぼしいものも発見されなかった。
そうして、いつとなく思い出さえも薄らいでしまって、今ではフローラも、慈悲太郎の唇を、おのが間にはさむような間柄《なか》になった。
慈悲太郎は、兄とはちがって、白いふっくらとした肉で包まれ、むしろ、女性的に見えるのだが、その弾力、薄絹のような滑りに、フローラはじりじりと酔わされていった。
その日は、空が青い光を放ったように思われ、波濤《はとう》の頂きが、薔薇《ばら》色のうねりを立てていた。
「こうして、白い雪のようなお肌の上に、手を置いておりますと、私の手が、なんとなく汚らしく、それに、黄色く見えるようでございますわ。早く奥方様のお許しをうけて、あなた様のお肌をほんとうに、私のも
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