くし、静かに、いまや氷原の真っただ中で、眠りゆこうとするのだ。
 紅琴は驚いて、自分の胸を開き、暖めようとしたが、フローラは微笑んで、じっと紅琴の手を握りしめるのみであった。明らかにそれは、フローラにとって、もっとも不幸な瞬間が近づいたのを、紅琴に思わせた。
 彼女は、胸に顔に、熱い息を吐きかけて、狂ったように叫びはじめた。
「これ、気を引きとめて、フローラ、もうしばしがほどじゃ。まだ、見えるであろうな聞こえるであろうな、そのいじらしさに、私は胸のつぶれる思いがしまする。私は、いまここで、黄金郷《エルドラドー》の所在を、突き止めることができたのですよ。フローラ、そもじこそ、不滅の黄金都市、エルドラドーの女王なのじゃ」
 その瞬間、フローラの頬にほんのり紅味《あかみ》がさして、死の影の中から、はっきりとした驚きの色が現われた。
 紅琴は、なおも続けて、
「と言って、何もラショワ島にもどるでもなく、この島にもない、それは、そもじの身内の中にあるのじゃ。実は EL DORADO RA と書かれたのは、黄金郷の所在ではなく、そもじと母のドラとベーリング――この三人の間の秘密なのじゃ。
 そもじの母のドラは、ベーリングの従妹《いとこ》とか言うたが、ステツレルに嫁《とつ》ぐまえ、ベーリングと懇《ねんご》ろにしおったのであろう。そのとき、妊《みごも》ったのがそもじで、その名をベーリングが、末期の際に書いたというのも、ステツレルに対する懺悔《ざんげ》の印なのじゃ。
 なぜなら EL のEは、Fの見誤りで、次にあるDの字は、腐肉に現われた自然の斑文《はんもん》。その時、ベーリングは、Dの前にある腫粒《いぼ》に触れたために――のう、よいかフローラ、盲者というものは、粒のように微細な点でも、それに触れると、ひどく大きく感ずるものなのじゃ。それで、次のDを飛び越えて、EL DORADO RA と書いたものと思われます。
 どうじゃ、わかったであろうな、それはラショワ島を暗示する、黄金郷《エルドラドー》の所在ではなく、そもじの FLORA《フローラ》 と、母の DORA《ドラ》 の名を連らねたもの。それゆえ、そもじの父はステツレルではなく、ベーリング海峡の発見者、ヴィツス・ベーリングなのじゃ。愛《いと》しのフローラよ、そもじの悩みは、貴い涙となって、父の顔の上に落ちまするぞ」
 フローラは、
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