は織目の隙から、特殊な貝殻粉を潜り込ましている」と法水が静かに敷物を巻いてゆくと、そこの床には垂直からは見えないけれども、切嵌《モザイク》の車輪模様の数がふえるにつれて、微かに異様な跡が現われてきた。その色大理石と櫨木《はぜのき》の縞目の上に残されているものは、まさしく水で印した跡だった。全体が長さ二尺ばかりの小判形で、ぼうっとした塊状であるが、仔細に見ると、周囲は無数の点で囲まれていて、その中に、様々な形をした線や点が群集していた。そして、それが、足跡のような形で、交互に帷幕《とばり》の方へ向い、先になるに従い薄らいでゆく。
「どうも原型を回復することは困難らしいね。テレーズの足だってこんなに大きなものじゃない」と熊城はすっかり眩惑されてしまったが、
「要するに、陰画を見ればいいのさ」と法水はアッサリ云い切った。「コプト織は床に密着しているものではないし、それに櫨木《はぜのき》には、パルミチン酸を多量に含んでいるので、弾水性があるからだよ。表面から裏側に滲み込んだ水が、繊毛から滴り落ちて、その下が櫨木《はぜのき》だと、水が水滴になって跳ね飛んでしまう。そして、その反動で、繊毛が順次に
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