むし》を療《なお》してしまったものがあったのだ。この室《へや》に絶えず忍び入っていた人物は、いつもこの前の台の上に手燭を置いていたのだよ。しかし、その跡なんぞは、どうにか誤魔《ごま》かしてしまうにしても、その時から、一つの|物云う象徴《テルテールシムボル》[#「|物云う象徴《テルテールシムボル》」は底本では「物云《テルテール》う象徴《シムボル》」]が作られていった。焔の揺ぎから起る微妙な気動が、一番不安定な位置にある数珠玉の埃を、ほんの微かずつ落していったのだよ。ねえ支倉君、じいっと耳を澄ましていると、なんだか茶立蟲のような、美しい鑿《たがね》の音が聞えてくるようじゃないか。ときに、こういうヴェルレーヌの詩が……」
「なるほど」と検事は慌《あわ》てて遮って、「けれども、その二年の歳月が、昨夜一夜を証明するものとは云われまい」
とさっそくに法水は、熊城を振り向いて、「たぶん君は、コプト織の下を調べなかったろう」
「だいたい、何がそんな下に?」熊城は眼を円《まる》くして叫んだ。
「ところが、死点《デッドポイント》と云えるものは、けっして網膜の上や、音響学ばかりにじゃないからね。フリーマン
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