命じになり、あの洋橙《オレンジ》をお取りになりました。洋橙《オレンジ》を取る時も何とも仰言《おっしゃ》いませず、その後は音も聞えず御熟睡のようなので、私達は衝立《ついたて》の蔭に長椅子を置いて、その上で横になっておりました」
「では、その前後に微かな鈴のような音が」と訊ねて、鎮子の否定に遇うと、検事は莨《たばこ》を抛り出して呟《つぶや》いた。
「すると、額はないのだし、やはり夫人はテレーズの幻覚を見たのかな。そうして完全な密室になってしまうと、創紋との間に大変な矛盾が起ってしまうぜ」
「そうだ、支倉君」と法水は静かに云った。「僕はより以上微妙な矛盾を発見しているよ。先刻《さっき》人形の室で組み立てたものが、この室に戻って来ると、突然《いきなり》逆転してしまったのだ。この室は開けずの間だったと云うけれども、その実、永い間絶えず出入りしていたものがあったのだよ。その歴然とした形跡が残っているのだ」
「冗談じゃない」熊城は吃驚《びっくり》して叫んだ。「鍵穴には永年の錆がこびり付いていて、最初開く時に、鍵の孔が刺さらなかったとか云うぜ。それに、人形の室と違って、岩乗な弾条《ぜんまい》で作用する
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