になったらしいので、旗太郎様が寝室の壁にあるテレーズの額をはずして、伸子さんと二人でお持ち帰りになりました。いいえ、テレーズはこの館では不吉な悪霊のように思われていて、ことにダンネベルグ様が大のお嫌いなのでございますから、旗太郎様がそれに気付かれたというのは、非常に賢い思い遣《や》りと申してよろしいのです」
「だが、寝室にはどこぞと云って隠れ場所はないのですから、その額に人形との関係はないでしょう」と検事が横合から口を挾んで「それよりも、その飲み残りは?」
「既《とう》に洗ってしまったでしょう。ですが、そういう御質問をなさると、ヘルマン([#ここから割り注]十九世紀の毒物学者[#ここで割り注終わり])が嗤《わら》いますわ」鎮子は露骨に嘲弄《ちょうろう》の色を泛《うか》べた。
「もし、それでいけなければ、青酸を零《ゼロ》にしてしまう中和剤の名を伺いましょうか。砂糖や漆喰《しっくい》では、単寧《タンニン》で沈降する塩基物《アルカロイド》を、茶といっしょに飲むような訳にはまいりませんわ。それから十二時になると、ダンネベルグ様は、扉《ドア》に鍵をかけさせて、その鍵を枕の下に入れてから、果物をお
前へ 次へ
全700ページ中78ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング