《せわ》しく動いたのを悟ると、
「ああ、貴方は相変らずの煩瑣《スコラ》派なんですね。その時あの洋橙《オレンジ》があったかどうか、お訊ねになりたいのでしょう。けれども、人間の記憶なんて、そうそう貴方がたに便利なものではございませんわ。第一、昨夜は眠らなかったとは思っていますけれども、その側から、仮睡《うたたね》ぐらいはしたぞと囁《ささや》いているものがあるのです」
「なるほど、これも同じことですよ。館中の人達がそろいもそろって、昨夜は珍しく熟睡したと云っているそうですからね」とさすがに法水も苦笑して、「ところで十一時というと、その時誰か来たそうですが」
「ハァ、旗太郎様と伸子さんとが、御様子を見にお出でになりました。ところが、ダンネベルグ様は、果物は後にして何か飲物が欲しいと仰言《おっしゃ》るので、易介がレモナーデを持ってまいりました。すると、あの方は御要心深くも、それに毒味をお命じになったのです」
「ハハァ、恐ろしい神経ですね。では、誰が?」
「伸子さんでした。ダンネベルグ様もそれを見て御安心になったらしく、三度も盃《グラス》をお換えになったほどでございます。それから、御寝《おやすみ》
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