我鎮子の年齢は、五十を過ぎて二つ三つと思われたが、かつて見たことのない典雅な風貌を具えた婦人だった。まるで鑿《のみ》ででも仕上げたように、繊細をきわめた顔面の諸線は、容易に求められない儀容と云うのほかはなかった。それが時折引き締ると、そこから、この老婦人の、動じない鉄のような意志が現われて、隠遁《いんとん》的な静かな影の中から、焔《ほのお》のようなものがメラメラと立ち上るような思いがするのだった。法水は何より先に、この婦人の精神的な深さと、総身から滲み出てくる、物々しいまでの圧力に打たれざるを得なかった。
「貴方《あなた》は、この室《へや》にどうして調度が少ないのか、お訊きになりたいのでしょう」鎮子が最初発した言葉が、こうであった。
「今まで、空室《あきしつ》だったのでは」と検事が口を挾むと、
「そう申すよりも、開けずの間と呼びました方が」と鎮子は無遠慮な訂正をして、帯の間から取り出した細巻に火を点じた。「実は、お聴き及びでもございましょうが、あの変死事件――それが三度とも続けてこの室に起ったからでございます。ですから、算哲様の自殺を最後として、この室を永久に閉じてしまうことになりまし
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