だが、なんという莫迦《ばか》な奴《やつ》だろう。彼奴《あいつ》は、自分の見世物的な特徴に気がつかないのだ」
 法水はその間、軽蔑したように相手を見ていたが、
「そうなるかねえ」と一言反対の見解を仄《ほの》めかしただけで、像の方に歩いて行った。そして、立法者《スクライブ》の跏像と背中を合わせている傴僂の前に立つと、
「オヤオヤ、この傴僂は療《なお》っているんだぜ。不思議な暗合じゃないか。扉の浮彫では耶蘇に治療をうけているのが、内部《なか》に入ると、すっかり全快している。そしてあの男は、もうたぶん唖《おし》にちがいないのだ」と最後の一言をきわめて強い語気で云ったが、にわかに悪寒を覚えたような顔付になって、物腰に神経的なものが現われてきた。
 しかし、その像には依然として変りはなく、扁平な大きな頭を持った傴僂《せむし》が、細く下った眼尻に狡《ずる》そうな笑を湛えているにすぎなかった。その間、何やら認《したた》めていた検事は、法水を指《さし》招いて、卓上の紙片を示した。それには次のような箇条書で、検事の質問が記されてあった。
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一、法水は大階段の上で、常態ではとうてい聞え
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