事は奇問に驚いて問い返したが、重なる法水の不可解な言動に、熊城と苦々しい視線を合わせて、「それでは、あの二つの画に君の空論を批判してもらうんだね。どうだい、あの辛辣《しんらつ》な聖書観は。たぶん、あんな絵が好きらしいフォイエルバッハという男は、君みたいな飾弁家じゃなかろうと思うんだ」
しかし、法水はかえって検事の言に微笑《ほほえみ》を洩らして、それから拱廊を出て死体のある室《へや》に戻ると、そこには驚くべき報告が待ち構えていた。給仕長川那部易介がいつの間にか姿を消しているという事だった。昨夜図書掛りの久我鎮子とともにダンネベルグ夫人に附添っていて、熊城の疑惑が一番深かったのであるが、それだけに、易介の失踪を知ると、彼はさも満足気に両手を揉みながら、
「すると、十時半に僕の訊問が終ったのだから、それから鑑識課員が掌紋を採りに行ったと云う――現在一時までの間だな、そうそう法水君、これが易介を模本《モデル》にしたというそうだが」と、扉の脇にある二人像を指差して、「この事は、僕には既《とう》から判っていたのだよ。あの侏儒《こびと》の傴僂《せむし》が、この事件でどういう役を勤めていたか――だ。
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