チた。
「ところが、そうなると、クリヴォフ事件の局面が全然逆転してしまうのです。もし、夫人がその音を聴いたとすれば、当然貴方がた二人の方に後退《あとずさ》りしてゆくでしょうからね。そこで旗太郎さん、その時、弓《キュー》に代って貴方の手に握られたものがあったはずです。いや、むしろ直截《ちょくせつ》に云いましょう。だいたい装飾灯《シャンデリヤ》が再び点いた時に、左|利《きき》であるべき貴方が何故、弓《キュー》を右に提琴《ヴァイオリン》を左に持っていたのですか」
 と法水の凄愴な気力から、迸《ほとばし》り落ちてきたものに圧せられて、旗太郎はまったく化石したように硬くなってしまった。それは、恐らく彼にとって、それまでは想像もつかぬほど、意外なものであったに相違ない。法水は、相手を弄《もてあそ》ぶような態度で、ゆったり口を開いた。
「ところで、旗太郎さん、波蘭《ポーランド》の諺《ことわざ》に、提琴奏者《ヴァイオリニスト》は引いて殺す――と云うのがあるのを御存じですか。事実、ロムブローゾが称讃したというライブマイルの『能才及び天才の発達』を見ると、その中に、指が痳痺[#「痳痺」はママ]してきたシュ
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