ワったかと思われたが、法水はちょっと熱のあるような眼を向けて、
「いや、たしかそれに、人肉《フライッシュ》ではなく魚《フィッシュ》だったはずですがね。しかし、その不思議な魚が近づいて来たために、かえってクリヴォフ夫人は、貴女がたの想像とは反対の方向に退軍を開始したのでしたよ」と相変らず芝居げたっぷりな態度だったけれども、一挙にそれが、伸子と二人の地位を転倒してしまった。
「ところで、装飾灯《シャンデリヤ》が消えるほんの直前でしたが、その時たしか伸子さんは、全絃にわたってグリッサンドを弾いておられましたね。すると、その直後灯が消された瞬間に、思わず機《はず》みを喰って、全部のペダルを踏みしめてしまったのです。実は、その際に起った唸《うな》りが、ちょうど踏んでいったペダルの順序どおりに起ったものですから、それが、迫って来る気動のように聞えたのですよ。つまり、韻のまだ残っているうちにペダルを踏むと、竪琴《ハープ》には唸りが起る。――貴方がたは、あの悪ゴシップのおかげで、そんな自明の理を、僕から講釈されなければならんのですよ」と瓢逸《ひょういつ》な態度が消えてしまって、法水は俄然厳粛な調子に変
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