洋橙《オレンジ》の汁でも附けておいた方が効果的じゃないか。ああ、犯人はどうして僕に、糸と人形の[#「糸と人形の」に傍点]技巧《トリック》を土産に置いて行ったのだろう[#「を土産に置いて行ったのだろう」に傍点]?」としばらく懐疑に悶《もだ》えるような表情をしていたが、「とにかく、人形を動かして見ることにしよう」と云って眼の光を消した。
 やがて、人形は非常に緩慢な速度で、特有の機械的な無器用な恰好で歩き出した。ところが、そのコトリと踏む一歩ごとに、リリリーン、リリリーンと、囁《ささや》くような美しい顫音《せんおん》が響いてきたのである。それはまさしく金属線の震動音で、人形のどこかにそういう装置があって、それが体腔の空洞で共鳴されたものに違いなかった。こうして、法水の推理によって、人形を裁断する機微が紙一枚の際《きわ》どさに残されたけれども、今聴いた音響こそは、まさしくそれを左右する鍵のように思われた。この重大な発見を最後に、三人は人形の室《へや》を出て行ったのであった。
 最初は、続いて階下の薬物室を調べるような法水の口吻《くちぶり》だったが、彼はにわかに予定を変えて、古式具足の列《なら
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