ネ。かえって僕は、アリオンを救った方が、音楽好きの海豚《いるか》の義務ではないかと思うのですよ」
「なに、音楽好きの海豚《いるか》ですって※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」居並んでいる一人が憤激して叫んだ。その男は左端に近い旗太郎の直下にいた、大田原末雄というホルン奏者であった。「よろしい、アリオンは既《とう》に救われているんですぞ。しかし、僕の位置が位置だったので、鹿常君の云うその気配というのは聴えませんでした。けれども、かえってこのお二人に近かっただけに、完全な動静を握っていると云っても過言ではないのですよ。法水さん、僕もやはり異様な唸《うな》りを聴きました。それは、呻《うめ》き声が起ると同時に杜絶えましたが……、しかしその音は、旗太郎さんが左|利《きき》で、セレナ夫人が右|利《きき》である限り、弓《キュー》の絃《いと》が、斜めに擦れ合って起ったものに相違ないのですよ」
 その時セレナ夫人は、皮肉な諦《あきら》めの色を現わして法水を見た。
「とにかく、この対照の意味が非常に単純なだけに、かえって皮肉な貴方には、評価が困難なのでございましょう。けれども、御自分の慣性以外の神経で、も
前へ 次へ
全700ページ中623ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング