の床には、大きな扁平な足型で、二回往復した四条《よすじ》の跡が印されていて、それ以外には、扉口《とぐち》から現在人形のいる場所に続いている一条《ひとすじ》のみだった。しかし、何より驚かされたのは、肝腎の人間のものがないということだった。検事が頓狂な声をあげると、それを、法水は皮肉に嗤《わら》い返して、
「どうも頼りないね。最初犯人が人形の歩幅どおりに歩いて、その上を後で人形に踏ませる。そうしたら、自分の足跡を消してしまうことが出来るじゃないか。そして、それから以後の出入は、その足型の上を踏んで歩くのだ。しかし、昨夜《ゆうべ》この人形のいた最初の位置が、もし扉口でなかったとしたら、昨夜はこの室《へや》から、一歩も外へ出なかったと云うことが出来るのだよ」
「そんな莫迦気《ばかげ》た証跡が」熊城は癇癪《かんしゃく》を抑えるような声を出して、「いったいどこで足跡の前後が証明されるね?」
「それが、洪積期の減算《ひきざん》なんだよ」と法水もやり返して、「と云うのは、最初の位置が扉口でないとすると、四条の足跡に、一貫した説明がつかなくなってしまうからだ。つまり、扉口から窓際に向っている二条《にじょ
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