空気の中で、法水は凝然と眼《まなこ》を見据え、眼前の妖しい人型《ひとがた》を瞶《みつ》めはじめた――ああ、この死物《しぶつ》の人形が森閑とした夜半の廊下を。
 開閉器《スイッチ》の所在が判って、室内が明るくなった。テレーズの人形は身長《みのたけ》五尺五、六寸ばかりの蝋着せ人形で、格檣《トレリス》型の層襞《そうへき》を附けた青藍色のスカートに、これも同じ色の上衣《フロック》を附けていた。像面からうける感じは、愛くるしいと云うよりも、むしろ異端的な美しさだった。半月形をしたルーベンス眉や、唇の両端が釣り上ったいわゆる覆舟口《ふくしゅうこう》などと云うのは、元来淫らな形とされている。けれども、妙にこの像面では鼻の円みと調和していて、それが、蕩《とろ》け去るような処女の憧憬《しょうけい》を現わしていた。そして、精緻な輪廓に包まれ、捲毛の金髪を垂れているのが、トレヴィーユ荘の佳人テレーズ・シニヨレの精確な複製だったのである。光をうけた方の面は、今にも血管が透き通ってでも見えそうな、いかにも生々しい輝きであったが、巨人のような体躯《たいく》との不調和はどうであろうか。安定を保つために、肩から下が恐
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