しま》われていたものであろうと想像された。法水の眼はその赭《あか》っ茶けた光の中で、覆《シェード》の描く半円をしばらく追うていたが、いま額の跡を見付けたばかりの壁から一尺ほど手前の床に、何やら印《しるし》をつけると、室《へや》は再び旧《もと》に戻って、窓から乳色の外光が入って来た。検事は窓の方へ溜めていた息をフウッと吐き出して、
「いったい、何を思いついたんだ?」
「なにね、僕の説だってその実グラグラなんだから、試しに、眼で見えなかった人間を作り上げようとしたところさ」と法水は気紛《きまぐ》れめいた調子で云ったが、その語尾を掬《すく》い上げるような語気とともに、熊城は一枚の紙片を突き出した。
「これで、君の謬説《びゅうせつ》が粉砕されてしまうんだ。なにも苦しんでまで、そんな架空なものを作り上げる必要はないさ。見給え。昨夜《ゆうべ》この室《へや》には、事実想像もつかない人物が忍んでいたのだ。それを洋橙《オレンジ》を口に含んだ瞬間に知って、ダンネベルグ夫人が僕等に知らそうとしたのだよ」
 その紙片の上に書かれてある文字を見て、法水はギュッと心臓を掴《つか》まれたような気がした。検事は、むし
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