衣嚢《かくし》から何やら取り出そうとした。法水は振り向きもせず、背後に声を投げて、
「ところで熊城君、指紋は?」
「説明のつくものなら無数にある。それに、昨夜この空室《あきしつ》に被害者を入れた時だが、その時寝台の掃除と、床だけに真空掃除器を使ったというからね。生憎《あいにく》足跡といっては何もない始末だ」
「フム、そうか」そういって法水が立ち止ったのは、突当りの壁前《へきぜん》だった。そこには、さしずめ常人ならば、顔あたりに相当する高さで、最近何か、額《がく》様のものを取り外したらしい跡が残ってい、それがきわめて生々しく印《しる》されてあった。ところがそこから折り返して旧《もと》の位置に戻ると、法水は卓子灯《スタンド》の中に何を認めたものか、不意《いきなり》検事を振り向いて、
「支倉君、窓を閉めてくれ給え」と云った。
検事はキョトンとしたが、それでも、彼のいうとおりにすると、法水は再び死体の妖光を浴びながら、卓子灯《スタンド》に点火した。そうなって初めて検事に判ったのは、その電球が、昨今はほとんど見られない炭素《カーボン》球だと云う事で、恐らく急場に間に合わせた調度類が、永らく蔵《
前へ
次へ
全700ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング