過ぎるぜ」と熊城は呆れ返って横槍を入れたが、法水は平然と奇説を続けた。
「だって、鍵を下した室内に侵入して来て、一、二分のうちに彫らねばならない。そうなると、クライルじゃないがね。無理でも不思議な生理を目指すより仕方があるまい。それに、疑問はまだ、後へ捻《ねじ》れたような右手の形にも、それから、右肩にある小さな鉤裂きにもあるのだ」
「いや、そんなことはどうでもいいんだ」熊城は吐きだすように、「腹ん這いで洋橙《オレンジ》を嚥《の》み込んで、瞬間無抵抗になる――たった、それだけの話なんだよ」
「ところがねえ熊城君、アドルフ・ヘンケの古い法医学書を見ると、一人の淫売婦が、腕を身体の下にかって横向きになった姿勢のままで毒を仰いだのだが、瞬間の衝撃《ショック》を喰《くら》うと、かえって痺《しび》れた方の腕が動いて、瓶《びん》を窓から河の中へ投げ捨てたと云う面白い例が載っているぜ。だから一応は、最初の姿体を再現してみる必要があると思うね。それから死体の光は、アヴリノの『聖僧奇蹟集』などに……」
「なるほど、坊主なら、人殺しに関係あるだろう」と熊城は露骨に無関心を装ったが、急に神経的な手附になって、
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