L子の嘘《うそ》が成立しなくなるのです。あの女は、蹌踉《よろめ》いた拍子に『聖ウルスラ記』を花瓶に当てて倒したと云いました。しかし、その花瓶というのが入口の向う端にあるのですから、当時伸子の体位と花瓶の位置を考えると、とうていその局状《シチュエーション》は成立する道理がないのです。まず伸子が左利《ひだりきき》でない限りは、『聖ウルスラ記』を右手から投げて頭上を越え、それを花瓶に打衝《ぶっつ》けるということは、全然不可能だろうと思われるのです。そこで僕は、エルブ点反射を憶い出しました。それは、上膊《じょうはく》を高く挙げると肩の鎖骨と脊柱との間に一団の筋肉が盛り上ってきて、その頂点に上膊神経の一点が現われるのです。ですからもし、その一点に強い打撃を加えると、その側の上膊部以下に激烈な反射運動が起って、その瞬後には痳痺[#「痳痺」はママ]してしまうのですよ。いや、事実現場にも、エルブ反射を起すに恰好な条件がそろっていたのでして、ちょうどその二冊のあった場所と云うのが、両手を挙げなければ届かぬほどの高さだったからです。ところがレヴェズさん、そうして伸子の嘘《うそ》を訂正してゆくうちに、ふと僕
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