ノ視線を落した。そこには、彼が入りしなすでに発見したことであったが、扉から三尺ほど離れている所に、木理《もくめ》の剥離片《ささくれ》が突き出ていて、それに、黝《くろ》ずんだ衣服の繊維らしいものが引っ掛っていたからだ。ところで読者諸君は、ダンネベルグの着衣の右肩に、一個所|鉤裂《かぎざ》きがあったのを記憶されるだろうが、それにはまた、容易に解き得ない疑義が潜んでいるのだった。何故なら、常態の様々に想像される姿勢で入ったものなら、当然三尺の距離を横に動いて、その剥離片《ささくれ》に右肩を触れる道理がないからである。
 それから法水は、暗い静かな廊下を一人で歩いて行った。その中途で、彼は立ち止って窓を明け、外気の中へ大きく呼吸《いき》を吐いた。それは、非常に深みのある静観だった。空のどこかに月があると見えて、薄っすらした光が、展望塔や城壁や、それを繁り覆うているかのように見える、闊葉樹の樹々に降り注ぎ、まるで眼前一帯が海の底のように蒼《あお》く淀んでいる。また、その大観を夜風が掃いて、それを波のように、南の方へ拡げてゆくのだった。そのうち、法水の脳裡にふと閃《ひらめ》いたものがあって、その観
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