は、それが、最初口に入れた一房にあったのだ。だから、犯人は偶然最初の一発で、的の黒星を射当てたと見るよりほかになかろうと思うね。他の果房《ふさ》はこのとおり残っていても、それには、薬物の痕跡がないのだよ」
「そうか、洋橙《オレンジ》に※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」と法水は、天蓋の柱をかすかに揺ぶって呟《つぶや》いた。「そうすると、もう一つ謎がふえた訳だよ。犯人には、毒物の知識が皆無だという事になるぜ」
「ところが、使用人のうちには、これという不審な者はいない。久我鎮子も易介も、ダンネベルグ夫人が自分で果物皿の中から撰んだと云っている。それに、この室《へや》は十一時半頃に鍵を下してしまったのだし、硝子窓も鎧扉も菌《きのこ》のように錆《さび》がこびり付いていて、外部から侵入した形跡は勿論ないのだよ。しかし妙な事には、同じ皿の上にあった梨の方が、夫人にとると、はるかより以上の嗜好物だそうなんだ」
「なに、鍵が?」と検事は、それと創紋との間に起った矛盾に、愕然《がくぜん》とした様子だったけれども、法水は依然熊城から眼を離さず、突慳貪《つっけんどん》に云い放った。
「僕はけっして、そんな意
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