味で云っていやしない。青酸に洋橙《オレンジ》という痴面《どうけめん》を被せているだけに、それだけ、犯人の素晴らしい素質が怖ろしくなってくるのだ。考えても見給え。あれほど際立った異臭や特異な苦味のある毒物を、驚くじゃないか、致死量の十何倍も用いている。しかも、その仮装迷彩《カムフラージュ》に使っているのが、そういう性能のきわめて乏しい洋橙《オレンジ》ときているんだ。ねえ、熊城君、それほど稚拙もはなはだしい手段が、どうしてこんな魔法のような効果を収めたのだろうか。何故《なぜ》ダンネベルグ夫人は、その洋橙《オレンジ》のみに手を伸ばしたのだろうか。つまり、その驚くべき撞着たるやが、毒殺者の誇りなんだ。まさに彼等にとれば、ロムバルジア巫女《ストリゲス》の出現以来、永生不滅の崇拝物《トーテム》なんだよ」
熊城は呆気にとられたが、法水は思い返したように訊ねた。
「それから、絶命時刻は?」
「今朝八時の検屍で死後八時間と云うのだから、絶命時刻も、洋橙《オレンジ》を食べた刻限《じこく》とピッタリ符合している。発見は暁方の五時半で、それまで附添は二人ともに、変事を知らなかったのだし、また、十一時以後は誰
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