があるのだ。ところが、剥《そ》がれた割れ口を見ると、それに痂皮《かひ》が出来ていない。まるで透明な雁皮《がんぴ》としか思われないだろう。が、この方は明らかな死体現象なんだよ。しかしそうなると、その二つの現象が大変な矛盾をひき起してしまって、創がつけられた時の生理状態に、てんで説明がつかなくなってしまうだろう。だから、その結論の持って行き場は、爪や表皮がどういう時期に死んでしまうものか、考えればいい訳じゃないか」
 法水の精密な観察が、かえって創紋の謎を深めた感があったので、その新しい戦慄《せんりつ》のために、検事の声は全く均衡を失っていた。
「万事剖見を待つとしてだ。それにしても、屍光のような超自然現象を起しただけで飽き足らずに、その上降矢木の烙印《やきいん》を押すなんて……。僕には、この清浄な光がひどく淫虐的《ザディスティッシュ》に思えてきたよ」
「いや、犯人はけっして、見物人を慾《ほ》しがっちゃいないさ。君がいま感じたような、心理的な障害を要求しているんだ。どうして彼奴《あいつ》が、そんな病理的な個性なもんか。それに、まったくもって創造的だよ。だがそれをハイルブロンネルに云わせると
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