繧ーてくる。そして、全身を冷たい爪で、掻き上げられるような焦慮《いらだたしさ》を、その時はどうすることも出来ないのであった。
 伸子は年齢《としのころ》二十三、四であろうけれども、どちらかと云えば弾力的な肥り方で、顔と云い体躯《たいく》の線と云い、その輪廓がフランドル派の女人を髣髴《ほうふつ》とさせる。けれども、その顔は日本人には稀《めず》らしいくらい細刻的な陰影に富んでいて、それが如実に彼女の内面的な深さを物語るように思われた。のみならず、最も印象的なのは、そのクリクリした葡萄の果《み》みたいな双の瞳である。そこからは智的な熱情が、まるで羚羊《かもしか》のような敏《すば》しこさで迸出《はしりだ》してくるのだけれども、それにはまた、彼女の精神世界の中にうずくまっているらしい、異様に病的な光もあった。総体として彼女には、黒死館人特有の、妙に暗い粘液質的なところはなかったのである。しかし、三日にわたって絶望と闘い凄惨な苦悩を続けたためか、伸子は見る影もなく憔悴《しょうすい》している。すでに歩む気力も尽き果てたように思われ、その喘《あえ》ぐような激しい呼吸が――鎖骨や咽喉の軟骨が急《せわ》し
前へ 次へ
全700ページ中422ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング