ノ伸子だけが、残された一粒の希望になってしまったからだ。しかも、かつて鐘鳴器《カリルロン》室で彼女が演じたところのものは、とうてい曖昧|模糊《もこ》とした人間の表情ではない。いかなる畸矯変則をもってしても律しようのない……換言すれば、殺人犯人の生具的表現を最も強烈に表象している、一個の演劇用仮面《マスク》に相違ないのである。それゆえ、ここでもし法水《のりみず》が、伸子の秤量《しょうりょう》を機会に転回を計ることが出来なかった暁《あかつき》には、恐らくあの暗黒凶悪な緞帳《カーテン》が、事件の終幕には犯人の手によって下されるであろう。否そうなることは、この事件の犯罪現象を一貫している※[#「虫+礼のつくり」、第3水準1−91−50]《みずち》のような怪物、――すなわち事件の推移経過が明白にそれへ向って集束されてゆこうとしても、法水でさえどうにも防ぎようのない、あの大魔霊《デモーネン・ガイスト》の超自然力を確認するにほかならないのである。それゆえ、伸子の蒼白な顔が扉《ドア》の蔭から現われると同時に、室内の空気が異常に引き緊ってきた。法水にさえ、抑えようとしても果せない、妙に神経的な衝動が込み
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