らず知らず洩れ出てくる嘆声を、果てはどうすることも出来なくなってしまうのだった。しかし、同時にその光は、そこに立ち列《なら》んでいる、阿呆のような三つの顔も照していた。法水もようやく吾《われ》にかえって調査を始めたが、鎧窓を開くと、その光は薄らいでほとんど見えなかった。死体の全身はコチコチに硬直していて、すでに死後十時間は十分経過しているものと思われたが、さすが法水は動ぜずに、あくまで科学的批判を忘れなかった。彼は口腔内にも光があるのを確かめてから、死体を俯《うつ》向けて、背に現われている鮮紅色の屍斑を目がけ、グサリと小刀《ナイフ》の刃を入れた。そして、死体をやや斜めにすると、ドロリと重たげに流れ出した血液で、たちまち屍光に暈《ぼっ》と赤らんだ壁が作られ、それがまるで、割れた霧のように二つに隔てられてゆき、その隙間に、ノタリノタリと血が蜿《のた》くってゆく影が印《しる》されていった。検事も熊城も、とうていこの凄惨な光景を直視することは出来なかった。
「血液には光はない」と法水は死体から手を離すと、憮然《ぶぜん》として呟《つぶや》いた。「今のところでは、なんと云っても奇蹟と云うよりほかに
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