が火のように熾《ほて》って、彼の眼前にある驚くべきもの以外の世界が、すうっとどこかへ飛び去って行くかのように思われた。
見よ! そこに横たわっているダンネベルグ夫人の死体からは、聖《きよ》らかな栄光が燦然《さんぜん》と放たれているのだ。ちょうど光の霧に包まれたように、表面から一|寸《すん》ばかりの空間に、澄んだ青白い光が流れ、それが全身をしっくりと包んで、陰闇の中から朦朧《もうろう》と浮き出させている。その光には、冷たい清冽な敬虔な気品があって、また、それに暈《ぼっ》とした乳白《ミルク》色の濁りがあるところは、奥底知れない神性の啓示でもあろうか。醜い死面の陰影は、それがために端正な相に軟げられ、実に何とも云えない静穏なムードが、全身を覆うているのだ。その夢幻的な、荘厳なものの中からは、天使の吹く喇叭《らっぱ》の音が聴えてくるかもしれない。今にも、聖鐘の殷々《いんいん》たる響が轟きはじめ、その神々しい光が、今度は金線と化して放射されるのではないかと思われてくると、――ああ、ダンネベルグ夫人はその童貞を讃えられ、最後の恍惚《こうこつ》境において、聖女として迎えられたのであろうか――と、知
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