眼隈と、それから張ち切れそうな小麦色の地肌とが、素晴らしく魅力的だった。葡萄色のアフタヌーンを着て、自分の方から故算哲博士の秘書|紙谷伸子《かみたにのぶこ》と名乗って挨拶したが、その美しい声音《こわね》に引きかえ、顔は恐怖に充ち土器色に変っていた。彼女が出て行ってしまうと、法水は黙々と室内を歩きはじめた。その室《へや》は広々とした割合に薄暗く、おまけに調度が少ないので、ガランとして淋しかった。床の中央には、大魚の腹中にある約拿《ヨナ》を図案化したコプト織の敷物が敷かれ、その部分の床は、色大理石と櫨《はぜ》の木片を交互に組んだ車輪模様の切嵌《モザイク》。そこを挾んで、両辺の床から壁にかけ胡桃《くるみ》と樫《かし》の切組みになっていて、その所々に象眼を鏤《ちりば》められ、渋い中世風の色沢が放たれていた。そして、高い天井からは、木質も判らぬほどに時代の汚斑が黒く滲み出ていて、その辺から鬼気とでも云いたい陰惨な空気が、静かに澱《よど》み下ってくるのだった。扉口《とぐち》は今入ったのが一つしかなく、左手には、横庭に開いた二段鎧窓が二つ、右手の壁には、降矢木家の紋章を中央に刻み込んである大きな壁炉
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