館の横手にある旋廻階段のテラスに出る扉。右へ数えて五つ目が現場の室《へや》だった。部厚な扉の両面には、古拙な野生的な構図で、耶蘇《イエス》が佝僂《せむし》を癒やしている聖画が浮彫になっていた。その一重の奥に、グレーテ・ダンネベルグが死体となって横たわっているのだった。
扉が開くと、後向きになった二十三、四がらみの婦人を前に、捜査局長の熊城《くましろ》が苦りきって鉛筆の護謨《ゴム》を噛んでいた。二人の顔を見ると、遅着を咎《とが》めるように、眦《まなじり》を尖らせたが、
「法水君、仏様ならあの帷幕《とばり》の蔭だよ」といかにも無愛想に云い放って、その婦人に対する訊問も止めてしまった。しかし、法水の到着と同時に、早くも熊城が、自分の仕事を放棄してしまったのと云い、時折彼の表情の中に往来する、放心とでも云うような鈍い弛緩の影があるのを見ても、帷幕の蔭にある死体が、彼にどれほどの衝撃を与えたものか――さして想像に困難ではなかったのである。
法水は、まずそこにいる婦人に注目を向けた。愛くるしい二重|顎《あご》のついた丸顔で、たいして美人と云うほどではないが、円《つぶ》らな瞳と青磁に透いて見える
前へ
次へ
全700ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング