召使《バトラー》を憚《はばか》りながら、法水は小声で検事の問いに答えた。「いずれ、僕に確信がついたら話すことにするが、とにかく現在《いま》のところでは、それで解釈する材料が何一つないのだからね。単にこれだけのことしか云えないと思うよ。先刻《さっき》階段を上って来る時に、警察自動車らしいエンジンの爆音が玄関の方でしたじゃないか。するとその時、あの召使《バトラー》は、そのけたたましい音響に当然消されねばならない、ある微かな音を聴くことが出来たのだ。いいかね、支倉君、普通の状態ではとうてい聴くことの出来ない音をだよ」
 そういうはなはだしく矛盾した現象を、法水はいかにして知ることが出来たのだろうか? しかし、彼はそれに附け加えて、そうは云うものの、あの召使《バトラー》には毫末《ごうまつ》の嫌疑もない――といって、その姓名さえも聞こうとはしないのだから、当然結論の見当が茫漠となってしまって、この一事は、彼が提出した謎となって残されてしまった。
 階段を上りきった正面には、廊下を置いて、岩乗な防塞を施した一つの室《へや》があった。鉄柵扉の後方に数層の石段があって、その奥には、金庫扉《きんこと》ら
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