じゃない」検事が思わず眼を瞠《みは》ると、法水もやや亢奮を交えた声でこう云った。
「とりもなおさず、これが今度の降矢木事件の象徴《シムボル》という訳さ。犯人はこの大旆《たいはい》を掲げて、陰微のうちに殺戮《さつりく》を宣言している。あるいは、僕等に対する、挑戦の意志かもしれないよ。だいたい支倉君、二つの甲冑武者が、右のは右手に、左のは左手に旌旗の柄を握っているだろう。しかし、階段の裾にある時を考えると、右の方は左手に、左の方は右手に持って、構図から均斉を失わないのが定法じゃないか。そうすると、現在の形は、左右を入れ違えて置いたことになるだろう。つまり、左の方から云って、富貴の英町旗《エーカーばた》――信仰の弥撒旗《ミサばた》となっていたのが、逆になったのだから……そこに怖ろしい犯人の意志が現われてくるんだ」
「何が?」
「Mass(弥撒《ミサ》)と acre(英町《エーカー》)だよ。続けて読んで見給え。信仰と富貴が、Massacre《マッサカー》――虐殺に化けてしまうぜ」と法水は検事が唖然としたのを見て、「だが、恐らくそれだけの意味じゃあるまい。いずれこの甲冑武者の位置から、僕はもっと
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