ような微かな跫音《あしおと》が裾の方へ遠ざかって行きます。そして、その跫音の主は、扉の前で私の視野の中に入ってまいりました。その男は振り返ったのです」
「それは誰でした?」そう云って、検事は思わず息を窒《つ》めたが、
「いいえ、判りませんでした」とクリヴォフ夫人は切なそうな溜息を吐いて、「卓上灯《スタンド》の光が、あの辺までは届かないのですから。でも、輪廓だけは判りましたわ。身長が五|呎《フィート》四、五|吋《インチ》ぐらいで、スンナリした、痩せぎすのように思われました。そして、眼だけが……」と述べられる肢体は、様子こそ異にすれ、何とはなしに旗太郎を髣髴《ほうふつ》とさせるのだった。
「眼に※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」熊城はほとんど慣性で一言挾んだ。すると、クリヴォフ夫人は俄然|傲岸《ごうがん》な態度に返って、
「たしかバセドー氏病患者の眼を暗がりで見て、小さな眼鏡に間違えたとか云う話がございましたわね」と皮肉に打ち返したが、しばらく記憶を摸索するような態度を続けてから云った。
「とにかく、そういう言葉は、感覚外の神経で聴いて頂きたいのです。強《し》いて申せば、その眼が真珠のよ
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