られた。
「法水さん、私は見ました。その男というのを確かに見ましたわ。昨夜私の室に入って来たのが、たぶんその風精《ジルフス》ではないかと思うんです」
「なに、風精《ジルフス》を」熊城の仏頂面が不意に硬くなった。「しかし、その時|扉《ドア》には、鍵が下りていたのでしょうな」
「勿論そうでした。それが不思議にも開かれたのですわ。そして、背の高い痩せぎすな男が、薄暗い扉《ドア》の前に立っているのを見たのです」クリヴォフ夫人は異様に舌のもつれたような声だったが語り続けた。「私は十一時頃でしたが、寝室へ入る際に確かに鍵を下しました。それから、しばらく仮睡《まどろ》んでから眼が覚めて、さて枕元の時計を見ようとすると、どうした事か、胸の所が寝衣《ねまき》の両端をとめられているようで、また、頭髪《かみのけ》が引っ痙《つ》れたような感じがして、どうしても頭が動かないのです。平生髪を解いて寝る習慣がございますので、これは縛りつけられたのではないかと思うと、背筋から頭の芯までズウンと痺《しび》れてしまって、声も出ず身動《みじろ》ぎさえ出来なくなりました。すると、背後《うしろ》にそよそよ冷たい風が起って、滑る
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